ながれてゆくもの

いちオタクの徒然雑記

たまには昔話を

 

いつだって自分語りのこのブログですが、今回は昔話をします。

 


14年前の初夏のことでした。仲良しだった同級生の女の子に「あなたになら良さがわかって貰えると思うから」という言葉とともに1枚のCDを半ば押し付けられる形で貸してもらいました。「Chronicle 2nd(クロセカ)」というタイトルのそのCDは、それまでに触れたどの音楽アーティストの作品とも違う、まさに聴いているのに本を読んでいる感覚に陥るものでした。
これが、わたしとSound Horizon(サンホラ)の出会いでした。
当時中学2年生。仲の良かった友達とクラスが離れてしまい、教室の中にはあまり居場所が見つけられなくて、休み時間になると図書室へ行って司書さんとおしゃべりをして、図書室にある本を片っ端から借りては読んでいた、そんな頃。サンホラの作品はわたしにとって小説のように想像力を刺激される、新しい媒体でした。以降、わたしは10代をサンホラの音楽とともに過ごしていきます。

わたしがクロセカを聴いてから3ヶ月ほどして、サンホラは「Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜(エリ組)」という作品でメジャーデビューを果たします。当時はCDを買うだけで精一杯だし満足で、コンサートへ足を運ぶ機会はなかったのですが……主宰であるRevoさんの素顔のわからないミステリアスさも、きっと魅力のひとつだったんだと思います。ガラケーでぽちぽちと情報を拾っていたし、彼がラジオ番組に出るとなれば録音しながら聴いたりもしました。
学年が上がる頃、サンホラを教えてくれた子は学校にほとんど来なくなりました。進学先も違っていたので、今何をしているのかはわかりません。

 

高校1年生の秋に、サンホラがメジャーデビュー後2枚目となるアルバム「Roman(ロマン)」をリリースし、再びコンサートを開催しました。会場が自宅から比較的近くにあったことと、誘える友達がいたことにより、初めて生でサンホラの世界観と音楽に触れる機会に恵まれました。まだあの頃はチケ代6500円とかでしたね。笑
そして行ったコンサートで、まず目にしたのは戴冠式でした。なにしろ初日公演に参加したので、まさに国王爆誕の瞬間に居合わせることになったのです。正直、戸惑いの方が強かったのを覚えています。

戴冠式って何だよ、って説明をすると、ロマンがリリースされる時点まで、宰のRevoさんを「領主」、ファンのことを「領民」と呼ぶ文化がありました。で、ロマンのコンサートにおいてSound Horizon Kingdom(SHK)という“移動王国”を建国し、国王になることを宣言した、というわけ。これをきっかけに、Revoさんは「陛下」や「王様」と、ファンのことは「国民(ローラン)」と呼ばれることになります。今でもそれは変わらないんじゃないでしょうか。移動王国というのは……なんて言えばいいんでしょうね? イメージはラピュタかなあ。コンサートの会場がその時だけ国になるみたいなもんです。
(そもそも領主と呼ばれる理由ですが、某ラジオ番組にゲスト出演した際に、ゲストを家族に例える?ごっこ遊び?のような慣例があって、何を思ったのかRevoさんが領主って言い出したことがきっかけだと記憶してるんですが…いつ頃からなのかは定かではありません)
(どうでもいいですけど高校1~2年の間ゆかりんにもハマっていてゆかり王国とSHKで二重国籍って言ってふざけてたことありましたね)
まあ戸惑いはしたものの、世界観にどっぷりハマっていたのでコンサートが始まってしまえばなんのその。ますますサンホラのことが好きになります。お年玉を利用してFCに入り、ほぼ毎日音楽を聴きました。積極的にネットで友達を増やそうとしたのもこの頃が最初です。当時はmixiがメインでしたね。サンホラを好きな人が集まるコミュニティでは頻繁にカラオケオフが開催され、高2の夏くらいからしょっちゅう参加していました。

 

高校に入ったあたりから、家族とのことがまあ色々ありまして、わたしは精神的にとても不安定な時期を迎えました。こうして振り返っている今だから苦笑いで済みますけれども、わりと荒れた時期でした。そんな時にサンホラがリリースした作品が「Moira(ミラ)」。
これは以前少し書きましたね。ギリシャ神話をモチーフとした作品なのですが、Θανατος(タナトス)という冥府を統べる神様が「人々に唯一、平等に訪れるのは“死“のみ」と歌うのです。当時のわたしにはなかなか衝撃でした。結局みんな死ぬんだよって思ったら、ちょっと理不尽なことも気にならなくなりました。どうせ結末は死ぬことなのであれば、だったら好きなことをして生きていこうと思うようになりました。影響力って怖いですね。
ミラのコンサートは大学受験期だったので涙を飲んであきらめました。まあ、あきらめたことに意味があったのか怪しくなるのですが、それは後述。

サンホラの影響は勉強にまで及びます。アルバムやシングルを問わず、サンホラで描かれる世界はヨーロッパ風のものばかりでした。ロマンではフランス語が多用され、ミラではギリシャ語が使われます。シングル「聖戦のイベリア」では宗教史がベースにありました。少しでも世界観や作品についてより深く理解したいと思った結果、文系だったわたしは世界史を選択しました。選ぶにあたって影響された要素はサンホラだけにとどまらないのですが、一番大きかったかなと思います。

大学受験は失敗に終わり、浪人生活に突入しました。
実はこの年の春先にライブツアーがあり、受かっているつもりでチケットを複数公演確保していたわたしは浪人生活突入最初の2週間をサンホラに費やしました。笑
紆余曲折あって入学を決めた大学の名をmixiのプロフィールに書いたら、同じ学科に入学するのだという人から自分もサンホラが好きなのだとメッセージが来て、こんな出会い方もあるんだなあと思っていたら、偶然にも同じゼミに振り分けられていて、ゼミでは他にもサンホラが好きな人がいて……と、不思議な縁を感じることが多かったです。コラボカフェに一緒に行ったり、展示があるとなると授業終わりで見に行ったり、コンサート会場で当たり前のように会ったりもしました。
ちなみに、大学では必修の外国語にドイツ語を選んだのですが、これもサンホラの影響です。ちょうどもうすぐ新作が出ると言われていた時期で、予告されていた世界観的にドイツなのでは?と思ったら、その通りでした。笑

 

その後、アルバムは「Märchen(メルヒェン)」「Nein(ナイン)」と続きます。途中、Linked Horizonという別名義の活動も始まりました。進撃の巨人のアニメ主題歌で知った方も多いのでは。紅白にも出ましたね。その流れの中、わたしは大学を中退して働き出したのをきっかけに少しずつサンホラとの距離が開いていって、今に至ります。
なんだかんだアルバム発売など大きな動きがあると戻ってくる感じなので、まだまだ国民と名乗っても良いのかもしれないですね。


なんで突然こんな話をしだしたかというと、10/28でSound Horizonメジャーデビュー14周年で、わたし28歳なので、ちょうど人生の半分をサンホラの音楽と過ごしたことになるんだなと感慨深くなってしまったからなんですが…笑
あとハロウィンが近付くとTwitterで朝までハロウィンのダイマをよく見かけるようになるので、なんとなく懐かしくなってしまって。


あらためて、メジャーデビュー14周年、おめでとうございます。で、第8の地平線はいつになりますか?